木下牛ってどんな和牛?木下牧場の木下さんのお話からわかったこと

和牛といえば「オイリーでこってりした味わい」。木下牛はそのようなイメージから脱却した和牛です。かといって、外国産の赤身肉のように「ガッチリ肉々しい味わい」ともまた違います。旨みはぎゅっと詰まってるけど、重くない。

もう一口、もう一口と箸が進む。「老いも若きも幼きも」みんなが毎日食べたくなる味わいが魅力の和牛です。

この記事では木下牧場のオーナー「木下尭弘」さんとRiceBirdの代表「水田正大」さんとの対談の内容を交えながら、木下牛のルーツ、木下牛のおいしさの秘密に迫ります。

(写真:木下牧場公式サイトより)

木下牛とは?

「木下牛」は日本三大和牛の一つ近江牛をルーツに持つ和牛です。

和牛の種類は、黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4種。いま日本で育てられている「銘柄牛」はその4種から派生して、約320種にものぼると言われています。

農林水産省はその地域特有の秀でた和牛として、「但馬牛・神戸ビーフ・特産松阪牛・米沢牛・前沢牛・宮崎牛・近江牛・鹿児島黒牛・くまもとあか牛・比婆牛」の10種を認定(GI登録)しています。

そのうちの近江牛・松坂牛・神戸牛が「日本三大和牛」と呼ばれています。

木下牛と近江牛の違いは?

近江牛のうち、木下牧場で育てられた牛のことを「木下牛」と呼びます。

もちろん、名前が違うだけではありません。血統的には近江牛でも、お肉の質は違ったものです。育った環境で個体の性質が大きく変化する。それは野菜やお米、人間がそうであるように牛も同じなのです。

木下牛の味の特徴は?

サシ(脂)がしっかり入ったリッチな味わいの「近江牛」に対して「木下牛」はサシが控えめで軽やか。口当たりは軽いけれども肉汁の旨みがしっかりと感じられるのが木下牛の大きな特徴です。水田さんは対談の中で木下牛の味わいについて次のように語っています。

「口にするたびにどんどん食欲が湧くーーそんな体験をしたのは木下牛が初めてでした。これ、おいしいを飛び越えてるな、と。それで、木下牧場にうかがったときに見た牛をみて納得したんですけど、牛が見るからに快適そうで。牛が生きたいように生きてるから、ストレスがない。ストレスがない牛のお肉って、人間にとっても気持ちがいいものなんですよね」 

木下牧場の牛の育てかた

では、数多の料理人からも絶賛される「木下牛」はどういった育て方をされているのでしょうか。

一般的な牧場ではセリで落としてきた子牛たちを肥育しますが、木下牧場では近江牛としては珍しい「繁殖肥育一貫経営」をしています。これは母牛が子牛を生み、その子牛たちが出荷されるまで1つの牧場で育てるということです。

母牛と子牛、肥育牛の飼育を家族5人でおこなっているため、年間に飼育できる頭数は50〜60頭。目と手がいき届く範囲で「牛の健康」を第一に育てられています。

ここで注目したいのが飼育方針のこだわり。常識破りの方法を打ち立てているのです。

常識破りの育てかた①
「牛のえさは、まず自分が食べてみます」

飼料について、木下さんは次のように語っています。

「牛のえさは、まず自分で食べてみます。自分が食べて、おいしいと思ったら、牛にあげる。牛がおいしそうに食べてたら、そのお肉を食べる人もおいしいと思ってもらえるだろうな、と。つまり『おいしいの連鎖』なんです。だから、えさは買うたびに食べてます。それで、食べたときに違和感を感じればーーたとえば焙煎しているようなえさ、水分を飛ばしているような飼料は乾燥が甘かったらーー全部取り替えてもらっています」

一般的な牧場では考えられない思考で和牛を育成していることがわかるエピソードです。

常識破りの育てかた②
「牛のえさは料理と同じ」

牛のえさとなる干し草や穀物は「5トン」といった単位で仕入れますが、木下牧場ではそれらの材料を週に1〜2回くらいの頻度で配合しています。この配合飼料のことを木下さんは「料理みたいなもの」で「おいしくなるように作る」と言います。

その時期の天候や気温、湿度を考慮して、毎回ちょっとずつ分量を変えて「牛がおいしく食べられそうなもの」を作る。言葉にするのは簡単ですが生半可な手間ではありません。

驚いたことには、実際に牛たちに「えさやり」をするときには、さらに100g単位での微調整を加えるのだそうです。「この子はトウモロコシをちょっと多めにしよう」といったふうに。

こういった細やかなケアを一頭一頭できるのが木下牧場の大きな強みだと木下さんは言います。

常識破りの育てかた③
「牛化して考える」

牛の気持ちになって考えるのは「生活環境」に対しても同じです。

たとえば牛舎。本来なら6頭くらい入る区画であっても「ぼくがここで寝るんだったら2頭くらいが気持ちいいな」という視点を取り入れます。また、牛舎の扇風機は業者さんが取り付けるのが普通ですが、木下さんは「自分だったら、こういう風の流れがいいな」と実際に牛舎に入って牛と一緒に風を浴びながら考えるのだそうです。

「牛のことは全部、自分に置き換えて考える」ーーこの徹底した姿勢が木下牧場の牛たちを健やかたらしめている大きな理由なのです。


(写真:木下牧場公式サイトより)

木下牛が目指すのは
最高級ではなく「最高のご馳走」

木下牧場もかつては「和牛の定番」とも言える霜降りの肉質を目指していた時期がありました。ただ、木下さんはしっかりと脂を蓄えたお肉は2枚3枚と食べるには「重たいおいしさ」だと感じていたそうです。

かといって、サシが全く入らないように飼育した「赤身」であればいいのかというと、赤身ばかりでは歯応えが強くて食べ疲れてしまう。これでは和牛を食べている喜びが感じられない。

木下牛が目指すのは、程よくサシが入っていて、脂が軽く、風味がよく食べ疲れない牛肉。特別な日にだけ食べる「最高級品」ではなく、毎日でも食べたいと思える「最高のご馳走」なのだと木下さん。

その理想を実現させるために木下さんは「和牛の等級を追い求める」ことをやめたのです。

最高級が最高においしい
わけじゃなかった

和牛の品質を表すのに使われるのが「A5ランク」「A4ランク」といった表記。「A5」といえば「最高級」「一番おいしい」というイメージが根強いのが実情です。ただ、品質を表すという意味では正しい認識なのですが、この表記はおいしさを純粋に示した指標ではありません。

実は表記の「A」の部分は「歩留等級」、「5」の部分は「肉質等級」を表したもの。歩留等級とは「1頭の牛から食べられるお肉がどれだけ取れるか」でA〜Cの3段階で評価。一方の肉質等級は「牛肉の質」で、以下の4項目を、それぞれ5段階で評価しています

①脂肪(サシ)の量
②脂肪の色沢と質
③肉の締まりとキメ
④肉の色沢

4項目のうちの、低い評価の数字が「肉質等級」となるのです。

等級は見た目だけで
判断されている

ここで注目したいのは「等級は見た目だけで判断されている」という事実です。現代の和牛の等級付けの基準では、サシがたくさん入っていて見た目がきれいであれば、高い等級がついて高い値段で出荷することができます。多くの和牛生産者が「いかにサシを入れられるか」を重視した肥育をするようになったのには、こういった背景があります。

等級制度は歩留を高めて牛肉を安定供給する役目を果たしました。しかし、一方で和牛を過剰な高級品にしてしまい「和牛は脂っこい」というイメージを根付かせてしまったのです。

木下牛はサシを求めない

この問題に対して「大胆な改革」に踏み切ったのが木下さんです。「サシを求めない」「大量肥育しない」「健やかな牛を育てる」という方針に転換し、一頭一頭「しっかりと牛を見て育てる」取り組みを始めました。

和牛肥育のセオリーとは別の道を進むこと10年。まさに道なき道を行く日々です。その末に、理想とする「脂が赤身に溶け込んでいる」「風味がよく食がすすむ」肉質が実現したのです。

木下さんは言います。「食べた人の笑顔。これが一番ですよね。食べ手と私たちの思いが牛たちに返っていく瞬間なので。命をいただくのですから、喜びと感謝を大切にしたい。だから、サシを入れるのがゴールなのではなくて、牛の幸せも大切にしたい」

木下牛が目指すのは
自然派の和牛

牛肉を食べる人が幸せになるためには、まず「牛が幸せ」でなくてはならない。この考えが木下牛の味わいを健やかでエネルギーに満ちたものにしました。

とはいえ、この和牛と牛飼いの関係は「昔は普通」のことでもありました。大量飼育の設備がないころの牛飼いは「牛を一頭一頭見ながら育てる」のが当然だったのです。そういった意味では、木下牧場がおこなった改革の「8割は原点回帰」だと木下さんは言います。

赤身は小豆色の赤みがかったちょっと濃い色で、サシは白ではなくクリーム色。焼くとふんわり「ごちそう」の香りが上がってきて、同じ空間にいる人たちが振り向く牛肉。

昔ながらの『元気な和牛』の味わいを、現代に蘇らせた木下牧場の動向から今後も目が離せません。


(写真:木下さんご夫妻)

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この記事は、米酉ラヂオで語っていただいた内容を元に編集したものです。

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